旧海軍司令部壕・前編

展示コーナーを見終えて、いよいよ壕の中へと降りていきます。

負の世界遺産しかり、こういう場所に来て足を踏み入れると、空気が変わる気がするんですよね。なんだかタイムスリップするみたいというか。

祈りが込められた千羽鶴の道を地下へと降りていきます。

階段は105段あり、地下までは20メートルあるそうです。

地下へ到着して思ったのは、そんなに広くもない、でも思っていたほど狭くもなく、

ここがとても重要な場所であったことがわかります。

まずは信号室の入り口です。

細い道を進んだ先にあります。

信号室は、指令を出す部と地上やその他の戦場現地とのやり取りを繋ぐ場所です。

モールス信号を使って約2900のやり取りがされたそうです。

通信兵が途切れ途切れの信号をなんとか読み取って伝え続けたそうで、目の前に銃弾などが行きかっていなくても、その役割や緊張はどれほどのものだったのかを想像します。

やがて米兵に壕が取り囲まれると、この場所で自死を選んだ通信兵もいたという、そんな場所です。

この壕の壁を見ると、とても不思議というか、個性的な模様のようなものがあることがわかります。

これらはなんと、全て人の手で掘られた痕です。

この筋の一本一本は誰かの力の痕なのです。

約5か月かけて、3000人の兵士によって掘られたと言われているこの壕。でも、きっとそこには沖縄の民間の人々も駆り出されていたことでしょう。

どんなに過酷であったか、その想いもまるで刻み込まれているかのようです。

すでに足を踏み入れてはいますが、

この壕の内外ではかつて約4000人もの人々が命を落としたと言われています。

そしてそれは自決という亡くなり方や戦争の負傷によって亡くなった方、生き残って捕虜となった方、それぞれが様々な最期を選んだ、そんな場所です。

遺体は戦争が終わった後になり本格的に沖縄住民と関係機関などにより収集されたそうです。

遺骨収集は何度も行われているそうですが、今もなお非公開の場所からは遺品などが見つかり続けているそうです。

そして、その中には幕僚や将校などもいて、ここで自決をしたそうです。

ここは幕僚室。

司令官を支え、作戦を立てていたいわゆる幹部たちの部屋です。

いよいよ戦争が過酷になり、食料も尽き弾薬も尽き、通信も途絶え応援も来ない…

彼らはこの場所が陥落するのを感じとると、この場所でそれぞれに手りゅう弾や拳銃などで自決を図ったそうです。

きっと、とりとめもない無念という空気がこの場所に漂っていたことでしょう。

この壁にはその時の手りゅう弾の痕が残っています。

司令官の大田実司令官が最後の電報を本土へ送り、自分の任務は終えたと判断したそうです。

1945年6月13日から14日にかけての僅かな時間のことでした。

幕僚室での正しい人数は不明なんだそうですが、だいたい20名ほどだったと言われています。

幕僚室と言えども、とても暗く狭い場所ですね。

作戦室とこの部屋はかまぼこ型にくり抜かれた造りになっています。

そして暗号室です。

いわゆる秘密のメッセージをやりとりする部屋ですね。

戦時中の”暗号”というとどうしても私は、ドイツ軍の暗号期のエニグマを思い浮かべてしまうのですが、ここで使われていたのは日本海軍独自の暗号です。

当時は各国が相手の暗号を解読しようとしのぎを削る「情報戦」も行われていたそうです。

戦争である以上、戦うことは変わらないけれど、情報を”守る”ためにも存在した部屋。見えない戦いを支えていた部屋です。

沖縄戦の最後に司令官・大田実司令官が本土へ送った有名な電文もここで扱われました。

「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

意味を解読すると、とても胸が詰まります。

沖縄の人たちは、これほどまでに懸命に戦った。どうか沖縄県民に特別な御高配、思いやりや配慮を配って大切にしてください。

戦いの報告だけではなく、たくさんの犠牲を払った沖縄の人々をも守るための言葉。

これは、「願い」が込められた、とてつもない重みを持ったメッセージでした。

現場にいたからこそ、それを自分の目で見てきたからこそ、この救いのないほどの残酷でむごい現実をきちんと本土の国へ伝えようとしたのですね。

そしてこの電報を最後に打ち、大田実司令官は数日後の6月13日に自決したのです。

自分の人生は終えても、この先の沖縄の人たちへの想いを残したのです。

ここもまた暗号を扱うという特別な部屋。ちょっと壁が特徴的な感じがしました。

設計などのことはよくわからないけど、特別な部屋だったからこその大きな支柱もあるのかな?

縦長のくぼみみたいなものがあるのですが、棚とか機材を置くために造られた可能性があると言われているそうです。

”言われている”というのは、かなりの人が自ら命を落とし、情報漏れを恐れて軍が資料などを燃やしてしまったため、解明されていないことも多いのだとか。

だけど、人ひとりひとりに人生のエピソードがあるように、これらのひとつひとつの場所にもちゃんと理由がこめられているのだと思います。

例えば、通路ひとつにしても。

この緩やかなカーブも、中にいる人を守るための工夫がされているのだそうです。

例えば爆風が来るのを防ぐためだったり、中の様子を隠すためだったりしているそう。

かつてこの通路にもたくさんの人が戦いの傷によって横たわり、亡くなっていた。

今では静まり返ったこの場所に立つと、80年以上前この場所で必死に戦い続けた人たちの姿を思わず想像してしまいます。

外には美しい海や空があるのに、こんなにも薄暗い場所で。

暗号室を後にすると、これから向かう部屋ではどのような出来事があったのか。

そんな思いを胸に、壕のさらに奥へ進みます。

あなたにも行きたい場所へと飛ぶ風が吹きますように。
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