チェコ クトナー・ホラ 負の世界遺産など

チェコの四万人の遺骨で造られた教会

投稿日:2018-02-22 更新日:

チェコのクトナー・ホラ、セドリツという町に、4万人の人骨で造られた教会があります。




 

内部へ入ると、いきなり人骨で造られたシャンデリアが目に飛び込んできます。

しかし、ここは、負の世界遺産とは込められている意味が違います。

 

その昔、隣の国、スロバキアと1つの国だった時代よりももっと前に、この国はボヘミア王国と呼ばれていました。

ポーランドの南部と、現在のチェコの中部よりも西側、ドイツの一部、そしてオーストリアにもまたがる巨大な王国でした。

 

1098年にフランスのシトーに、カトリックのシトー修道会が創設されました。

そして、1142年にこの辺りにも最初の修道院が建てられます。人々に耕作を学ばせ、豊かにするためです。

その後、鉱山の発見と共に発展したクトナー・ホラは、都市へと育ち、鉱山で発掘された銀で硬貨が造られ、やがて王国を超えて、注目される都市へと成長しました。

 

しかし、1318年になると、ヨーロッパの全人口の3分の1ほどにもなる人々が亡くなった伝染病でもあるペストが、ここにも蔓延しました。

それによって、3万人にもおよぶ人々がこの場所に埋葬されました。

 

それは、ボヘミア王国の王、オタカル二世によって、かつてセドリツの修道院長でもあるインドジッフを、イエス・キリストが十字架に架けられた聖地(エルサレム)へと派遣していたからです。

インドジッフは、ゴルゴダの丘で、土をひとつかみ持ち帰って、ここに撒いたと言われています。

そのことから、この土地は、神聖な場所であるとヨーロッパ中に拡がって、このセドリツで眠りたいと望む人々が増えたのです。

 

そして、ペストも落ち着いた15世紀に入ると、プラハの旧市街広場にもあるヤン・フス像のフス氏がチェコに広めた改革によって生まれた、フス派によるたくさんの宗教戦争の死者も、この場所に埋葬されました。

時は、流れ、1511年、半盲の僧侶によって骨が掘り起こされます。

そして、礼拝堂が建てられました。

その礼拝堂はやがて、1703年、イタリア人建築家、ジョヴァンニ・サンティーニによって、7年かけて納骨堂が改築されます。

 

そして、1870年には、チェコ人の木彫師フランチーシェック・リントによって、人骨を用いた装飾が造られたのです。

 

彼の名前もまた、人骨によって書かれています。

 

これは、骨で造られた聖餐杯。

ひとつひとつの装飾にちゃんと意味があるそうです。

 

この上部にかかるシャンデリアは、人骨のすべてを用いて造られているそうで、彼の一番の作品なのだとか。

 

そして、ここの領主だったシュヴァルツェンベルグ家の紋章。

リント氏に人骨を使った装飾を依頼したのも、シュヴァルツェンベルグ家と言われています。

 

造られた理由は、”死について考え、死を忘れないように”。

 

ホールの真ん中にある祭壇に使われている骨は、戦争による死者と言われているそうです。

芸術と言われると、人骨を芸術としてしまうことは、凡人にはよくわからないけど。かと言って、気味の悪い場所でもおぞましくもない、いわば詰められた歴史がある大きなお墓という感覚でした。

 

疫病を超え、人々の起こした戦争を超え、今も残されているこんな教会が、チェコの田舎に今も佇んでいます。

そんな歴史を知ると、まるでこの敷地だけが、時を超えて来ているようなそんな感覚にもなるのです。

 

実際に行った時の旅日記は・・・こちら

 

 

 クトナー・ホラ セドリツ墓地教会 納骨礼拝堂への行き方

プラハから電車で行きました。

プラハからは、バスも出てるとか聞いたけど、バスターミナルで聞いてみると、クトナー・ホラへ行くバスはないよ、と言われたので、謎。

クトナー・ホラは、クトナー・ホラ○○と付いている駅がたくさんあるので、注意です。

墓地教会があるのは、クトナー・ホラ本駅。ここです。

町の名前はセドリツ。

町はとても静かで、歩いている人がほとんどいませんでした。

教会へは駅から徒歩7~8分くらい。(私の短い足で)

まずは、聖母マリア教会を目指すとわかりやすいです。

 

入場料は、聖母マリア教会と旧市街(クトナー・ホラ ムニュスト)の聖バルバラ教会、そしてここ墓地教会の3つに入れるチケットがお得でおすすめ。

*3つに入れて185コルナ

セドリツの2教会(聖マリア教会と墓地教会)だけのチケットもあり。

HP:http://www.ossuary.eu/index.php/cz/kostnice

 

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Sayo

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負の世界遺産多め、陸路移動がメインです。

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