到着した時のことを書いた通り、出口の案内から出てきたら、一番最初に来た売店の方へと出てしまいました。
ビジターセンターの地上にあった写真展示も見たいので、結局また汗だくで階段を登って戻ることにしました。

この部屋だけでも結構な写真の展示の量なので、時間が許せばじっくり見たいところですね。
これは、沖縄戦の写真ではとても有名な「白旗の少女の写真」です。もちろんここにも展示されていました。

白旗の意味は、戦う意思を示さない、撃たないでくださいというもの。
この写真の少女、比嘉富子さんは当時7歳で、この写真はアメリカ人の従軍カメラマンのジョン・ヘンドリクソンによって撮影されたものです。
二人は後に再会を果たしているそうです。
この写真に写っているのは、生きようとする少女の姿。それはきっと沖縄の人々の願いでもあったことでしょう。
そして、続いていく物語があった。
どんな人も名前のある「一人の人」であるのですよね。
ちなみに那覇にはもう一つ大きな地下壕があって、それは日本陸軍第32軍司令部壕が首里城の地下に作られていたそうです。

こちらも見学用に復旧工事をされているみたいなんで、行けるようになったらぜひ行ってみたい。
ここの展示室を見ている時に、『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』という映画のパンフレットが置いてあって、沖縄から東京に戻った後に映画館に観に行きました。
あれはフィクション映画で舞台は沖縄ではなくペリリュー島だけど、ここで宣伝していた通り、この壕で過ごした人たちを思い浮かべるにはとても共通点がありそうなリアルな映画でした。
戦争のその場所で人が何を考え、どう生きようとしたのか、綺麗ごと感動的な出来事だけではなく描かれた内容が、この壕で見て学んだことを凄く思い出させました。
旧海軍司令壕は、この時たまたまだったのかもしれないけど、日本人観光客は2人だけだったのですが、中韓の人たちが結構来ていたのが、また不思議な感じでした。
外に出て、平和の樹と名前が付けられている大きなガジュマルの下のベンチに座ってみます。

大きな願いが込められた木。不思議なパワーすら感じて、吸い寄せられる感じがしました。
風が気持ちよくて、どこかに咲いているだろう花やハーブのいい香りがして、心地いい場所です。
またひとつ、大きな傷跡の場所に来た。
痛かっただろうな。苦しかっただろうな。
どうしても想いを馳せながら、でもなぜかやっぱり不思議とすっきりした気持ちになります。
それはやっぱりあの言葉を思い出すからです。
アウシュビッツガイドの中谷さんの言葉。
「私達に、過去の責任はない。でも”今”と”未来”の責任がある。」

ここに佇むいくつもの思いがあって。
今の沖縄はどうですか?
戻る前に、公園の中を歩いてみました。
トックリキワタの花は本当に綺麗だね。

優しく、鮮やかに咲いているのがまたこの場所にぴったりでした。
ハブ、出るらしいです・・・ラオスのルアンパバーンで怖いヘビに出会ったのを思い出しました。

こんなとこで出会ったらやだな。
珍しい―って見ていたモモタマナの木も、沖縄ではどこにでもありますね。

ススキ!もちろん珍しくないけど、この温かい沖縄にあるのがなんだか合わないような、もう冬だったけど、気温敵には秋なのね、と不思議な景色でした。

これは、沖縄のお墓の亀甲墓ですね。

ここにあるから、海軍司令壕の中で亡くなった人達と関係あるのかと思いきや、そうでもないらしいです。
でも、当時は住民がここに逃げたり隠れたりしていたそうで、沖縄の人のお墓を大切に守る文化から残されたとか。

横から見ると古墳みたいにも見える。
母親の胎内の形なんだそうで、亡くなった後、元に帰るという信仰なんだそう。
たくさんの人でお墓参りするから大きく広く作られているそうです。
やっぱり沖縄文化、色々知りたい!
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