おんぼろ自転車で海軍壕公園へ

とりあえずすっかり空も曇ってしまったので、曇りのうちに後日に行こうと思っていた場所に行ってみることにしました。

私の旅のいつも通りのコース、戦争の爪痕を辿る旅へ。

旧海軍司令壕へ向かいます。

最寄り駅のゆいレールの奥武山公園駅からは徒歩だと30分くらいです。

歩けないこともないけど、今日はもうそんなに歩きたくない・・・

海外旅の時は数時間程度なら確実に歩き回っていたけど。

思い出す、ゴロー丸の言葉。

「久しぶりの一人旅は色々違うかもね。」

払いのけます。

まぁ、スローリーに変わっていっても、旅人でありたいです。

歩きたくないからと言って、そんな理由ごときで行かないという選択はないです。

しかも駅からはバスも出ているので、他の手段はあります。

が!

今回予定していたのは、困った時のレンタサイクル。(できれば電動)

で、しかも時々出先でお世話になっている、ドコモ自転車が駅にあるのです。

ってことで、自転車で行ってみようー!

なのですが・・・

ここで、いつものすんなり思い描いた通りに行かない旅のハプニングが。

まずは、首里駅を出る時にアプリから予約をしようと思って見てみると、なんと2台しかない!

それなりに観光客もいるだろうに、やっぱりみんな自転車とかは使わないのかな。

以前、椅子が高い位置になっていて、でも錆びついていて椅子の高さを戻せず、結局使えないってこともあったので、2台しかないと選択肢狭すぎて不安だな、と思いつつもとりあえず予約。

まぁ駄目だったらバスで。と言っても、時刻もあるし面倒くさいな。

そんなことを心配しながら到着。

前かごには若干だけど、私の大嫌いな天敵くもの巣らしきものもかかっているし、なかなかの汚さ。

やっぱりあんまり使われないんですかね。

とりあえず、もう1台の方は、ちょっと・・・という感じで、予約した方がまだマシだったし、まぁ普通には使えそうだったのでこれで向かうことにします。

ってことで、乗り込んだものの、この自転車、サドルの平衡感覚がなんかおかしくて。

いわゆる後ろ下がり状態に傾いているのです。

でも、もうしょうがないし、頑張れば乗れないこともないので乗ってしまえと漕ぎ出しました。

おしりをちょっと浮かせた感じで座らないと後ろにずり落ちていきそうなのです。

もうこれは、筋トレだな・・・

更に試練が。

道が自転車を無視し過ぎなのです。

自転車レーンなんてものはもちろんないけど、歩道の段差がいちいち結構な段差で、筋トレ自転車の身にとってはなかなかの修行です。

そして、道のりはグーグルマップ頼りではありますが、途中の道がわけわからな過ぎて。

なんかぐるぐるとした道を上の方へ行かなきゃいけなかったようで、案内通りに走っていると階段しかない。さすがに電動自転車を担いでなんて行けないわ!!

ってことで、ちょっと戻ってとなにひとつすんなり行かないのです。

ちなみに沖縄ではグーグルマップ、自転車用の案内も出ません。

あ、やっと見えた。海軍壕公園。

ここまで来ればすぐそこです。

なかなかの苦労をしてやっと到着しました。

高台の場所にあるので、町を見下ろせます。

雲多めになっちゃったけど、やっぱりちょっと苦労すると景色も綺麗に見えるよね。

そしてやっぱりハイビスカスが綺麗。

しかし。

首里城に比べると、全くと言っていいほど、観光客がいません。

国際通りにもあんなにいるのに。

写真を撮るにはいいけど、毎回こういう場所に来るたびなんでかなーって考えちゃいますね。

慰霊碑がありました。

そして奥に見えるのは、資料館です。結構、立派ですね。

壕なので、あの地下に司令壕があるのです。

中に入ると、早速写真展示があります。

もうすでにこれらを一枚一枚ゆっくり見たいけれど、とりあえず帰りにゆっくり見ようと思って下へ降りてしまったのですが、ここはそれが間違った選択のようで、壕から出口を出ると、全然違うとこに出る仕組みになっているので、これから行く人は、先に見ておくことをおすすめします。

下へ降りるとチケット売り場があります。

いやもう、厳かな場所ではあるけれど、駅からずっと筋トレしてきたんで、結構汗だくで、チケット売り場の方と笑い合いました。

もう暑くてー。

でもやっぱり、展示室の中に足を踏み入れたら、まるで世界が一瞬で静寂になるかのように、気持ちもとらわれていきます。

地上戦の戦場となった沖縄。この小さな沖縄が戦場となったのです。逃げる場所もなかったことでしょう。

沖縄戦での戦死者の正しい数は不明なのだと言われているそうです。

人ひとりの人生や存在は大きく、一瞬で消えていいものなんかではないのに、ましてや戦争。争いごとに巻き込まれるということ。

そして、たったひとつの数字にすら数えられていないのかもしれないという事実、それはとても残酷で、救いなんてなくて。

いつだって、戦争を始めた一部の人たち以外は犠牲者なんだと思うけれど、特にこの沖縄戦の一般の人達が受けた惨い仕打ちは、どんなに世代が変わろうが知るべき傷跡なんだと思います。

そして人の命と同様、沖縄の人々が大事にしてきた文化財などは9割が失われたそうです。

すでに現地の人たちが大切にしてきたであろう場所をいくつか見てきて、それらの場所が今もなお残っていることの意味を知っています。

小さな井戸にしても、ガマや御嶽にしても、自然には残っていかないもの。

そんな人々の心が宿った場所も壊され、奪われていたのです。

戦争の記録を見ると、”怒り”も多々そこにはありますが、何をどうしても”悲しみ”の方が多いんだと思うのです。

それはやっぱりぶつけようのない行き場所のない気持ちだからこそ、悲しみが怒りになるのではなく、怒りも悲しみになってしまうのだと。

炎は燃えつきても、雨は止むことはきっとないですね。

そして当時の記憶を持っている人たちがいなくなってしまっても、やっぱり悲しみは悲しみとして残っていくんだと思うんです。

残さないといけないのかも。

じゃないといつか本当にただの資料やデータとして姿を変えてしまう気がするから。

展示室を見ただけでも、既に色々とまだまだ無知であることを突きつけられるような気持ちになりますが、地下壕へと進みます。

ここから、やっぱりどうしても空気は変わる気がします。

あなたにも行きたい場所へと飛ぶ風が吹きますように。
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