私がいつか、この目で見ると決めている場所。
勝手に使命みたいに行くんだと感じている場所が、世界に3つあります。
ひとつは、ずっと言っているポーランド。
オシフィンチムのアウシュヴィッツ収容所。
それから、ルワンダにあるツチ族とフツ族が殺し合いをした虐殺博物館。
そして。
3つ目は、ここ、カンボジアのポルポト率いるクメールルージュが巻き起こした
トゥールスレン虐殺博物館です。
そう。わざわざ、プノンペンに来た理由は、ここに来るためでした。
私はずっと世界の紛争や内戦に興味があり、たくさん勉強してきました。
日本語教師という仕事を選んだのも、始まりはそこからだった気がします。
いつだったか、このクメール・ルージュの大虐殺を勉強し、
大きな衝撃といえども、絶対に絶対にいつかこの目で見に行くと決めていました。
世界中の負の遺産を、真実を、ちゃんと目をそむけずに全部見たい。
そう思っています。
それでも、今日の旅は、本当に本当に残酷です。
みんながみんな、負の世界遺産を見たいわけではない。
色んな想いがあって当然の、あまりにも大きすぎる出来事です。
どんな場所なのかよくわからず、一緒に行った呉さんも、
吐き気がすると、ほとんど見ませんでした。
そういうとっても重く悲しく、だけど大きな出来事のあった場所のことを今日は書きます。
有名なカンボジアを皮肉った写真があります。
たくさん並べられた人の頭蓋骨は、カンボジアの形をしており、
これがカンボジアだ。
と言われている写真です。
これはまぎれもなく、ポル・ポトの起こした大虐殺の被害者の頭蓋骨を並べて撮られたものです。
この写真を初めて見たときから、私はここに行くのだと心に決めました。
トゥールスレン虐殺博物館
普通の建物が並ぶ街中に突然、その場所は現れます。
自分が想像していた場所のイメージとはかなりかけ離れていて、
あれ?ここ???
と思ってしまうほどです。
それもそのはずで、ここは、もともとは普通の高校でした。
ポル・ポトの時代のここの景観はわからないけれど、
中国以外の国に対して、いっさい国内のことを秘密にしていたので、
きっと国外へ情報が漏れるのを恐れて、ほとんどの人が予想もつかないような場所を選んだのでしょう。
こんな校舎の中で、恐ろしいことが行われているということは、始めは誰もわからなかった。
1976年、自分の政治を脅かす者の出現を恐れたポル・ポトは、
革命に学問はいらないという方針を打ち出し、それに逆らう者の為の施設という肩書で、ここを使用し始めます。
粛清を進め始めたクメール・ルージュは、
医者や教師や技術者、更には留学経験のある者、学問のある者、
それらの人間を集め始めます。
国を大きくするために、協力してほしい。という名目で騙して。
まさか、ただ知識人というだけで、拷問を請け殺されるだなんて思っていないそれらの人達は、
国の為に何かできるならと、喜んで名乗り出たそうです。
そして、彼らはその施設から生きて帰ることはなかった。
ポル・ポトに仕えるクメール・ルージュの人間達は、その対象をますます広げていきます。
めがねをかけているから、知識人
顔が綺麗だから、知識人
本が読めるから、知識人
そんな今じゃ、考えられないような理由をつけて、どんどん国民を殺害していったのです。
その惨劇は、この場所だけで起きたものではなく、
カンボジア中にキリング・フィールドと呼ばれる場所がいくつかあり、
それらの場所でも行われたそうです。
それはたった4年間の間に、総人口800万人と言われたカンボジア人の約3分の1もの人達が犠牲になったと言われています。
ただ、そこに辿り着くまでのカンボジアの歴史には、
本当に深く色んなことが絡まり合っています。
だからといえども、ポル・ポトの起こしたこの出来事はあまりにも嗜虐的すぎて、
救いようのない出来事でした。
2ドルの入場料を払い、中へと入ります。
拷問施設にするために造られたわけではない場所。。
本当にただの校舎なんです。
だけどやっぱりここは、かつてそんな出来事があった場所なんだと、
ここに流れる重く深い空気で感じます。
すぐに、何度も本やネットなどで目にした風景が広がり始めます。
外から見れば、ただの教室。
だけど中には教壇や机などは一切なく、ただベッドが置かれていました。
ここは、拷問をして虐殺する為の場所。
ベトナム軍がここへ踏み込んだ時、すでにポル・ポトは森の中へ逃亡しており、ここには、無残な拷問を請け、
そのままにされた遺体が横たわっていたそうです。
まだ、遺体は温かかったのだと、何かの本で読みました。
すでに逃げる準備をしながらも、ベトナム軍に踏み込まれる直前まで虐殺をやめなかったポル・ポト。
どれだけポル・ポトが非人道的な人間であったかがわかります。
壁には、発見当時の写真もかけられています。
拷問部屋は、いくつもの教室に渡り設置されており、
どの部屋にも、当時の酷薄な痕がそのままに残されています。
床などに広がる黒いシミは、血液の痕なんだそうです。
こんな、黒板もあるような普通の教室。
かつてはきっと、笑顔も溢れていただろう場所。。。
中庭にも、その痕跡は残されています。
ここには、人を逆さに吊るして詰問をし、気絶をした者は、
この汚水を入れた甕の中に無理矢理頭を沈められたそうです。
校舎は、4つの棟に分けられていて、それぞれ展示物も異なります。
これは、虐殺された人々の服なのでしょう。
違う棟には、たくさんの資料写真が展示されています。
これは、虐殺された人々の写真。
わざわざこうして写真を撮られ、
撮影された直後に拷問を請け殺されたそうです。
そして、この大虐殺の更に残酷なところは、
この看守役や拷問をする役に、子供を使っていました。
ポル・ポトは13歳以下の子供達を、まだ何にも染まっていないと考え、
積極的にその役をやらせたのです。
この写真は、番号札をつけていないので、看守の子供達だったと言われているそうです。
無垢な子供達を完全に悪へと染め上げ、
子供達による本当に残酷な拷問が行われていたそうです。
知識人を徹底的に殺しまくったので、もちろん医者というポジションも、なんの医療知識もない子供たちが担っていたそうです。
それは、とても医療とは言えない無残な人体実験だったそうです。
そして、この頭蓋骨は、掘り起こされた人々の頭蓋骨。
これでも一部の人間なんだそう。
続きます。
トゥールスレン虐殺博物館 Tuol Sleng Genocide Museum
HP:http://www.tuolslenggenocidemuseum.com/
入場料:5ドル *2017年より値上がりしています。
プノンペンの中心部からは、徒歩30分~くらいです。
プノンペンはとっても暑いので水分必須!
メコン川を背にして南方へ。
トゥクトゥクも多数います。
私が行った時は、友人の運転でレンタルバイクで行きました。
レンタルバイクは24時間6ドル。
プノンペンのポリスは、外国人のバイクには凄い厳しいんでくれぐれも注意です!
あなたにも行きたい場所へと飛ぶ風が吹きますように。
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ゴロー丸ブログ 真面目なサラリーマン旅をする
まだまだ旅は続いているようですね。
私は知覧ですら行けません。
火垂るの墓も見れません
負の遺産をなぜ?でもこうして発信してくださり
何も知らないでいた、私も垣間見る事ができました。何の為にと言われてもあなたはあなたの
思うままに道を歩んで下さい。
ブログの一つですが、読んだ人に
何かを残して、ひょっとするとあなたの
知らないところでとてつもなく大きな力に
なることもありえますよ。
この先もご無事で・・・
初コメです。
はじめイイネ!を付けるのを
ためらうようなあまりにも残酷な
歴史に驚きました。
私は沖縄生まれなので
沖縄戦の悲惨さもこのような
資料館で目にしたことが
ありますが、このような悲惨な
出来事が起きないように
祈りたいですね。
暑さも厳しいでしょうから
お体に気をつけて旅を続けてください。
ドキュメンタリーチック
すごい、インパクトです。
こういう写真を見れることに感謝です。
言葉が出ません。
この世に生きている者として、
知らなければならないことなのかなと
思いました。
世界で起きていること、
起きたことに、
無知識なことを恥ずかしく思います。
記事を書いてくださって、
ありがとうございます。
旅、お体に気をつけてくださいね♩
また、更新たのしみにしています。
No More Polpot
他のコメントでも書かれていますが、今回の記事はいいね!を押すことに躊躇しました。
でも、辛いからと言って目を背けたら、もう一度同じような悲劇が繰り返される気がして…
忘れないように繰り返さないようにしなくてはなりませんよね。
今回の記事はとても意義深い内容だと思います。
ヒトラーもポルポトも、人生のどこかで道を踏み外した人間です。
ウィキペディアによると、ポルポトは僧侶だったこともあるそうです…
とても驚きました。
僧侶だった人間が、どうしてあんなことをしたのでしょう?
人間はつくづく何をしでかすかわかりません。
善人だと思われてた人が実は残忍非道だったり、悪人だと思われてた人が実はものすごく誠実だったり…
いろいろ考えさせられました。
次回も楽しみにしてますね。
はじめまして
貴重な内容の記事と写真ありがとうございました。
以前、私も自分のブログで、ちょこっと取り上げたのですが、「イスラエル・ドイツ共同制作、ヒトラー・チルドレン ナチスの罪を背負って」というドキュメント、「人はなぜ人を殺したのか…ぽる・ポト派語る」という本で、衝撃というか、なぜ?と言う問いを深く思ったというか…
ルワンダについても、最近の国内立て直しについて、最近テレビで見たところです。
人がなぜ虐殺に走るのか?理想を求める為政者は時として狂信に走る…歴史上たくさんあります。その他、私達が考え続けなければならない問題ですよね。
長くなりましたが…貴重な旅、お気をつけて。
こんばんは。
どんな残虐な事でも
同じ人間がしていると思うと
残念でなりませんね
「何の為に生まれてきて
何のために死ぬのか?」
たった1回の人生をそんな想いに
させてしまう事は、二度と起こさないように
しなきゃと心から思います。
初めまして!
旅の記事、いつも感心させられています。
今回の記事はかなりショッキングでした。
と、同時に
とても感謝しております。
これまで聞いたことはあってもさほど興味を示さなかった自分が無知であったことに恥ずかしさを覚えました。
この機会に少しだけでもこの歴史を知りたいと思います。
この先の旅もお気をつけて下さい。
ありがとうございました!
こんばんわ。
すざましい内容に、言葉がでませんでした。
けどそれが実際に行われた事実なのですから。
なにかコメントを残したかったのですが
すご過ぎて、うまく言葉がでません。
また、お邪魔しますね。